2013年3月15日金曜日

パキスタンビリヤニ巡りの旅


パキスタンビリヤニ巡りの旅

はじめに
 私が初めてビリヤニに出会ったのは、タージマハールでもおなじみのインド・アグラーでのことである。元々インド料理が好きで、日本で食べ歩きをしているうちに、本場のインド料理を食べてみたいという単純な欲望でインドに行ったことが始まりだった。そこで何となく立ち寄った屋台で食べた肉とスパイスの味がしみ込んだ油っこい米料理(後にこれがビリヤニだと気づく)の美味しさに感激して以来、私はその虜になってしまったのだ。
 帰国後は、インドで食べた味を再現すべく、週に3回もビリヤニを作ったり、関連する文献を読みあさったりした。また、「日本ビリヤニ協会」との出会いもあり、どんどんのビリヤニにめり込んでいったのである。深く追求していくにつれ、もう一度本場インドのビリヤニを食べたくなり、去年インドのムスリムが集中している街であるデリー、アグラー、ラクノーとハイダラバードビリヤニ巡りの旅にでた。この旅行では、私を虜にしたビリヤニがあるアグラーで作り方を教わったり、ビリヤニの聖地と言われるハイダラバードで伝統的なカッチビリヤニ(マリネした生肉から作るビリヤニ)を教わったりしながら15日間で46皿、1日平均約3皿もビリヤニを食べ続けた。
 ここまで読んでいただいたら分かるように、私は超がつくほどのビリヤニフリークである。そこで、私をこれほどまで虜にしたビリヤニという料理、日本ビリヤニ協会について、また今回のパキスタンビリヤニ巡りの旅について記述していきたいと思う。

ビリヤニとは?
 ビリヤニ(ビリヤーニー、Biryani)とはインドやその周辺国(パキスタン、バングラディシュなど)、主にイスラム教徒の間でお祝い事の時よく食べられている、スパイスと肉(魚や野菜もまれにある)の炊き込みご飯である。どのように誕生したのかには色々な説があるが、ペルシャの米料理がアフガニスタンや中央アジアを経由して北インドに伝わったという説が有力だ。お祝い事だけでなく、街中のあらゆるところにビリヤニを食べられる屋台があり手軽に食べることも出来るので、日本でいうお寿司のような存在と言ってもいいのではないだろうか。また、あまり知られてはいないが、パエリア、松茸ご飯に並びビリヤニは世界三大炊き込みご飯の1つとされている。
 さて、インドなどで絶大な人気を誇り、また世界三大炊き込みご飯とも言われるビリヤニがなぜインド料理店が多く存在する日本においてほとんど提供されていないか疑問に感じないだろうか?
 稀に日本でもビリヤニを提供している店があるが、そのほとんどがカレーとご飯を炒めただけのカレーチャーハンである。このような簡略ビリヤニを否定する訳ではないが、やはり日本ビリヤニ協会としてはこれをビリヤニとして認める事はできない。ビリヤニとはあくまでもインドやパキスタンの高級米「バスマティ米」を使った、スパイスと肉の炊き込みご飯であり、カレーチャーハンでもドライカレーでもない。まして日本米を使うなどもっての他である。私が知る限りでは、本格的なビリヤニを出す店は都内に数えるほどしかない。
 ここでビリヤニの作り方について一度触れておきたい。ビリヤニは非常に手間のかかる料理で、最低でも1時間、長い場合には5時間以上かかることもある。作り方は主に3つだ。もっとも一般的な作り方はパッキビリヤニと言われる作り方である。タマネギ、肉、スパイスなどを炒めてグレービー(いわゆるカレー)を作り、その上に8割の硬さに茹でた米を入れ、層にして炊き込むビリヤニの総称だ。北インドやパキスタンで作られているビリヤニの大半はこのようにして作られている。もう1つは、ヨーグルトやスパイスで肉をマリネし、その上に半分ぐらいの硬さに炊いた米を入れ層にして炊き込むカッチビリヤニだ。これはハイダラバードのみで見られる伝統的な作り方で、ハイダラバーディーカッチビリヤニとしてビリヤニファンから絶大な人気を得ている。3つ目はパッキビリヤニのようにグレービーを作り、その中に茹でていない生の米を入れて炊き込むビリヤニがある。これは南インドやバングラディシュでよく見られる作り方で、ビリヤニにグレービーをかけて食べることが多い。少しマニアックな話にそれてしまったので、なぜ日本のインド料理店にビリヤニが存在しないかについて話を戻そう。

ハイダラバーディーカッチビリヤニ

なぜ日本のインド料理店にはビリヤニがないのか?
日本のインド料理店でビリヤニが存在しない主な理由は2つあると考えている。1つはビリヤニの特性にある。ビリヤニは、少量だけ作るのには無理があり、1度に大量にしか作れないのだ。例えば、代表的な作り方のパッキビリヤニのように、米とグレービーを層にするのにある程度の量が必要だからだ。この特性から、まだビリヤニの知名度の低い日本で大量に作ったとしても売れ残こる恐れがあるため、提供されていないのではないだろうか。ちなみに本場インドやパキスタンでは1度に20人〜30人前以上作るのが一般的であり、多い時には100人前以上作る時もある。
 もう1つは調理の難しさだ。ビリヤニは非常に手間がかかり、また途中で味の調整をすることができないので、完成して蓋をあけてみないとその出来具合がわからず、味と米の炊き加減を完璧に仕上げるのは至難の業だ。ビリヤニの本場においてさえ、専門に作る職人がいるというくらいだ。このように調理の難易度が高いため、日本にカレーとビリヤニの両方を作れるシェフが少ないのではないだろうか。
 上述の理由から、残念ながら今のところ日本で本格的なビリヤニを食べられるところは少ない。このような状況下で、本場で美味しいビリヤニを食べて帰国後、本格的なビリヤニにありつけず嘆いている人も多いのではないだろうか。この現状を打破するために、日本でも本格的なビリヤニを広めたいという思いから発足されたのが、現在私の所属している日本ビリヤニ協会である。

日本ビリヤニ協会
 日本ビリヤニ協会は日本でのビリヤニの普及を目的とした非営利団体だ。2010年3月に現会長、大澤氏によって発足された。大澤氏自身もインドで食べたビリヤニの美味しさに感銘を受けたが、帰国後本格的なビリヤニを食べられなく嘆いていた1人である。そして、日本人にもっとビリヤニという食べ物を知ってほしい、という熱い思いから協会が発足された。発足以降「ビリヤニを国民食に」というスローガンのもと試食会や料理教室などのイベントを行い、インド・パキスタン料理業界のビリヤニブームの火付け役となった。私たちの最終的な目標は日本人がお昼を「ラーメン、牛丼、ビリヤニ」で迷うまでビリヤニの地位を向上することだ。私は協会発足メンバーの1人として主に調理を担当している。
 私は調理担当として、ビリヤニについてより深く知るためにインドに出向きビリヤニの作り方を教わったり、鍋などの調理器具を調達に行ったりしてきた。今回はビリヤニの起源を探るべく、ビリヤニの親戚と言われているプロフ(ウイグルではポロ、にんじんと肉の炊き込みご飯)をウイグル、中央アジアで食べ、中国からパキスタンに入りビリヤニの調査に出かけたのである。

なぜパキスタン?
 パキスタンに行かずしてビリヤニを語る事はできない。それは、ビリヤニがインド料理ではなく、イスラム教徒の料理であるからだ。現にインドでもビリヤニを作っているのはほとんどがイスラム教徒である。元々1つの国であったインドとパキスタンだが、インドのイスラム教徒が独立して作った国がパキスタンだ。この背景を考慮すると、人口の大半がイスラム教徒のパキスタンが実はビリヤニの本場なのではないかという仮説さえ立てられる。このような理由で私はビリヤニを語る上でパキスタンは外せないと考え、北はスストから南はカラチまでビリヤニ巡りの旅にでたのである。

最北端のビリヤニ
 ビリヤニの親戚と言われるプロフをウイグルや中央アジアで食べ、中国からカラコルム峠を抜けて到着したパキスタン最初の町はスストと呼ばれる何もない国境の町だった。さすがにこんなところにビリヤニがあるとは思えなかったが、少し歩き回ってみるとすぐに見つけることができた。しかし、肝心のビリヤニの出来前というと、米に芯が残っていてイマイチであった。スストは回りに何もなく、調理器具もまともに揃っていないので料理をする環境としては最悪であることは考慮しなければならない。出来前はさておき、この辺鄙町でさえビリヤニに出会えるとはさすがパキスタンだと感心させられた。その後、ホテルのスタッフにお願いしたところ、ビーフ(バッファロー)のビリヤニを作ってくれた。これがパキスタンで最初で最後のチキン以外のビリヤニとなった。ちなみにインドの屋台ではビーフが主流だ。作ってくれたスタッフに話を聞くと、パキスタンの北部ではスパイスをあまり使わないらしく、そもそもビリヤニを作る事はほとんどないようだ。確かに言われてみればここで食べたビリヤニはあっさりしていた。このような具合で1日に何食もビリヤニを食べる旅は続く。

フンザ・ギルギッド
 次に向かったのはフンザだ。桃源郷として知られ絶景を一望できるフンザだが、私の目的はもちろんビリヤニだ。フンザ(カリマバード)にはビリヤニを食べられるところは2件しかないが、近くのアーリアバードまで下ると何件か店がある。この一帯はスパイス屋もほとんどなく市販のシャーン(Shan)のビリヤニマサラ(ビリヤニ用のミックススパイス)を使っていた。
 その後訪れたギルギッドでは結婚式の料理を食べる機会に恵まれた。驚かされたのは、結婚式で振る舞われていたのはビリヤニではなく、プラオ(スパイスをあまり使わない炊き込みご飯)であったということだ。インドで何度かイスラム教徒の結婚式で料理を食べさせてもらった事があるが、そこではもちろんビリヤニが振る舞われていた。パキスタンの結婚式でも当然の如くビリヤニが振る舞われるものだと思っていた。主催者の方に話を聞くと、結婚式では子供も大勢来るため、ビリヤニよりも辛くないプラオを作るのが一般的であるとの事だった。

ラワールピンディー・ペシャワール
次に向かったのはパキスタンの交通網が集中する、ラワールピンディーだ。田舎の山々が連なる風景から一転し、人やリキシャ(三輪タクシー)の量も増え、建物も増えて町らしくなってくる。それに伴いビリヤニのレベルも一気に上がる。炊き加減もパラパラの完璧で、パキスタンらしい酸味が少しきいた味に仕上がっている。この酸味はトマトとレモン、アルブハラ(パキスタンの梅干し)でつけるそうだ。
 その後はシャワールへ向かった。この街はアフガニスタンの国境に近く、アフガン料理が食べられる町だ。街につくと、すぐにビリヤニらしきものが目に入り、早速食べてみた。それはビリヤニでなくカブールライスというアフガニスタンのレーズン、ひよこ豆、お肉の炊き込みご飯だった。この料理を出す店がずらりと何件も並んでいる様子を見ると、ペシャワールではカブールライスが主流だということが分かる。実際に町を歩いていても、カブールライスはすぐに見つかるがビリヤニを見つけるのは一苦労だった。肝心なビリヤニだが、インドのデリーのようにオレンジ色に着色されているのが特徴的だった。

ペシャワールのカブールライス

ラホール・カラチ
 次に向かったのはパキスタンのラホールである。ラホールのビリヤニは生米から作るタイプであっさりしていた。あるケータリングのお店で作り方を教えてもらったらところ、ビリヤニはすべてバスマティ米で作ると思っていたが、セーラ米というお米を使っていた事には驚かされた。セーラ米は、バスマティ米と比べると一回り大きく、コシがあって食べごたえある品種だ。
 最後に訪れた町はカラチである。カラチのビリヤニはシンディービリヤニとしても有名で、パキスタン人も「美味しいビリヤニはカラチにある」と声を揃える。シンディービリヤニの特徴はジャガイモが入っていて、お米がオレンジ色に着色されていることだ。またスパイスが効いていて辛めの味付けである。ビリヤニが有名なカラチだけあって、食べられる店がたくさんあり、スチューデントビリヤニというパキスタンで幅広くチェーン展開しているビリヤニ専門店の発祥の地でもある。ハイダラバードがインドのビリヤニ激戦区であるならば、パキスタンではカラチがそれにあたるだろう。

ラホールでビリヤニの作り方を教えてもらう

カラチのシンディービリヤニ

パキスタンのビリヤニを食べ歩いてみて
 私は今回15日間の旅でビリヤニを31皿、1日平均約2皿を食べてきた。これでパキスタンのビリヤニを知り尽くしたとは到底思っていないが、私が感じたことを述べ、このコラムを締めくくりたいと思う。
 私がパキスタンのビリヤニに対して感じた事は3つある。1つはビリヤニのレベルの高さである。パキスタンでは本当にどこで食べても美味しいビリヤニに出会える。先ほども述べた、フライパンで炒める簡略ビリヤニを出すお店などまずなく、どの店も大きな鍋で大量に作っている。またインドと比べても美味しいビリヤニに出会える確立は高いのではないかと思う(インドでも稀に簡略ビリヤニが提供されるため)。     
 2つ目はビリヤニに使う肉が基本的にチキンであることだ。ビリヤニはチキンかマトンが主流だが、私がパキスタンで食べたビリヤニは1つを覗いて、すべてがチキンビリヤニだった。マトンのものは1度も見つける事ができなかった。聞いたところによると、マトンはチキンの数倍の値段がするため庶民は食べられないという。ちなみにビーフがない理由は、パキスタン人はあまりビーフが好きではないという理由だった。
 3つ目は油の量だ。インドのビリヤニを知っている方なら、ビリヤニがどれほど油っこい食べ物かご存知だろう。それに対してパキスタンのビリヤニは比較的油が少なめで、食べていても口の回りがギトギトにならないので、パキスタンのビリヤニの方が、日本人に取って馴染みやすいのではないだろうか。 
 このようにパキスタンにはパキスタン独自のビリヤニ文化がある。これを垣間みることができ、多いに収穫があるビリヤニ巡りの旅となった。また、ビリヤニという食べ物を語る上で、イスラム国家であるパキスタンは外せない存在であることも確信できた。そして最後となるが私は日本にも、パキスタンのようにどこでもビリヤニが食べられる時代がきて、独自のビリヤニ文化を形成してくれることを切に願っている。

日本ビリヤニ協会調理担当
近藤太郎

*これは日本パキスタン協会の会報「パーキスターン」第244号に掲載されたものを協会側から承諾を得て転記したものです。

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